めぐりあう時間たちのジャケット写真

1923年、ロンドン郊外のリッチモンド。作家のヴァージニア・ウルフ(ニコール・キッドマン)は、病気療養のために夫レナード(スティーヴン・ディレイン)とこの町に住み、『ダロウェイ夫人』を執筆していた。そんな彼女のもとに、姉のヴァネッサ(ミランダ・リチャードソン)たちがロンドンから訪ねてくる。

監督:スティーヴン・ダルドリー、原作:マイケル・カニンガム、出演:ニコール・キッドマン(ヴァージニア・ウルフ) ジュリアン・ムーア(ローラ・ブラウン) メリル・ストリープ(クラリッサ・ヴォーン)

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3つの時代、3人の女性

物語は違う時代・場所に生きる3人の女性を主人公に進みます。3人の女性を繋いでいるのは、イギリスの作家ヴァージニア・ウルフ作の小説『ダロウェイ夫人』。ニコール・キッドマンが1923年執筆当時のウルフ本人、ジュリアン・ムーアは1951年のロサンゼルスにて『ダロウェイ夫人』を心の頼りにして生きる孤独な主婦(ローラ・ブラウン)、メリル・ストリープは2001年のニューヨーク・マンハッタンで編集者として働くクラリッサ・ヴォーンを演じています。本作では、3人の女性の1日の様子が交錯しながら描かれます。

出典:https://www.youtube.com/watch?v=OJ-ptkmr_Pw

違う時代・場所に生きた3人の女性の人生

冒頭はイギリス・リッチモンド郊外で作家生活を送るヴァージニア・ウルフ(ニコール・キッドマン)が、『ダロウェイ夫人』の構想を練り出す場面から始まります。不安定な精神状態が続くヴァージニアの側にはいつも彼女を気遣う夫がいました。しかし執筆に没頭すると周囲が目に入らなくなってしまう彼女は、彼や時折訪ねてくる自身の姉とその子供たちにもあまり気持ちを傾けられずにいました。

一方1951年のロサンゼルスに住むローラ・ブラウン(ジュリアン・ムーア)は夫と息子、お腹の第2子に恵まれつつも、精神的に満たされない日々を送っていました。完璧な家族を誇りに思っている夫や、いつも上の空のような母親を気遣う小さな息子に対しても、心に一定の距離を持って接してしまうのでした。彼女が唯一心の拠り所にしているのが、時折目を通す小説『ダロウェイ夫人』なのでした。

2001年のニューヨーク・マンハッタンに生きる編集者、クラリッサ・ヴォーン(メリル・ストリープ)は女性のパートナーと共に暮らしています。ある日彼女はかつて若い頃恋人同士だった友人、リチャードのもとを訪れます。リチャードは詩人・小説家で、この度ある賞を受賞したため、クラリッサはお祝いのパーティーを開こうと企画していたのでした。しかし末期のエイズを患っているリチャードは乗り気でなく、クラリッサに苛立ちをぶつけてしまいます。

花束、そしてキスが鍵

小説『ダロウェイ夫人』は「ダロウェイ夫人は『自分のために花を買ってくるわ』と言った」という冒頭の1行から始まります。

それを象徴するかのように、ヴァージニア・ウルフの場面では家のあちこちに生けられた花束が画面に映ります。ローラ・ブラウンの場面では、誕生日に夫が自分で買ってきた大きな花束を生ける彼女が、そしてリチャードのパーティーのために花束を買いに行くクラリッサの様子が描かれます。

違う時間・場所に生きる3人の女性ですが、皆事情は違えど心に密かな闇を抱えて生きています。そんな中各所で登場する花束たちは、3人の心の闇と対照的に「生」を象徴するような美しい姿を魅せているのです。また2つ目の鍵となる「キス」の場面も、3つの物語全てで登場します。

ヴァージニア・ウルフは精神的に死へ向かっていることを自覚しており、訪ねてきた姉のヴァネッサに別れ際、思いあまってキスをします。

一方、訪ねてきた友人に辛い気持ちを打ち明けられたローラ・ブラウンは、彼女を慰めようとしてキスをし、そんな自分に驚愕します。

そしてパーティーを目前に控えたクラリッサは、友人のリチャードが「君と僕の2人ほど、幸せだった人はいないよ」との言葉を残し投身自殺する様子を目の当たりにします。放心状態になった彼女は、生の感覚を取り戻すかのように、パートナーのサリーに情熱的なキスをします。

3つの物語の不思議な共通点は「花束」と「キス」。注意して本編を追っていくと、3つそれぞれの物語でこの2つのポイントが鍵を握っていることが分かるでしょう。

悲しさの中にも、かすかに希望の見える結末

このように、3人の女性の人生は悲しみで満たされているように見えます。しかし本作の結末はかすかに希望を予感させるエンディングになっており、視聴者の心を少し軽くしてくれます。

重い雰囲気の続く本作の一筋の光となっているのが、クラリッサの一人娘・ジュリア(クレア・デーンズ)です。メリル・ストリープが本作のインタビューでも語っていますが、過去や自我に捕らわれてしまっている3人の女性とその周りの人々の中で、健康的で爽やかなジュリアの様子が印象深く心に残るでしょう。

めぐりあう時間たちの作品情報

めぐりあう時間たちのジャケット写真
レンタル開始日/公開日
2003/11/28
監督
スティーヴン・ダルドリー
キャスト
ニコール・キッドマン(ヴァージニア・ウルフ) ジュリアン・ムーア(ローラ・ブラウン) メリル・ストリープ(クラリッサ・ヴォーン)
上映時間
115分
GEOで購入!
めぐりあう時間たちのユーザ評価

評価数:301件
評価 :★★★☆☆(3.2/5)

クチコユーザの評価・ネタバレ
  • 1941年の出来事から始まり、1923年・1951年・2001年それぞれの時間の出来事が、まるで同時期の話のように次々と現れて。似通った面や繋がりがあって。 そんな勘違いをし、よく理解できないまま見ていったのに、こんなにも登場人物の気持ちに思いが馳せられ、様々な場面でせつなくなったり苦しくなったり泣きたくなったりしたのは何故だろうと不思議。 そういう気持ちを盛り立ててくれるような音楽の効果と、やっぱり3人の女優さんたちの演技でしょうか。 一つの大きな勘違いに気付いてから、もう一度見ましたが、それでもまだ見えない部分があります。
  • ヴァージニア・ウルフがレズビアンであることを基礎知識として持っていなければ、この映画はとてもわかりにくいものとしてしか捉えられないと思う。この映画のウルフ自身がなぜ精神を病んでいるのか、リチャードの母親がなぜ家族まで捨てなければならなかったのか。女性の同性愛の存在を本人たちすら知らないような時代の中で生きなければならなかった主人公たちの生が本当に痛々しい。
  • 確かに難解です。すべて理解する必要もありません。いくつかのシーン、台詞、物語、表情などに、年を重ね、経験を重ねた者にのみ、各々が感じる身震いするような感動がある。そんな映画でしょうか。それでよいのだと思います。私の感じたものは、「生きるとは何か」というテーマでした。死は生を際立たせるためにある・・・という台詞が忘れられません。 それにしても、N.キッドマンの演技はすごすぎる。鼻はつけ鼻ですよね。精神を病んだ女性そのものの表情でした。

参考URL
・youtube.com